【訪問診療 体験談2】まだ微熱があるので、下がるまで入院させていただけませんか? 〜見晴らしのいい家に戻って、すぐに〜

クリニックブログ

退院調整会議が終わって、病室で休まれていたご本人にご挨拶しようと向かいました。

 

案内されて病室に入ると、そこは二人部屋でしたが、鈴木さんおひとりが、カーテンが閉まって薄暗い部屋にやや上体を高くして横になっていました。

 

やや荒い呼吸で、じっと目を閉じていらしたのですが、「鈴木さん。あい太田クリニックの野末です」と声をかけると、目を開けて、少し私のほうに顔を傾けました。

 

「退院された後、ご自宅に伺って診察させていただきます」と続けたのですが、すぐに目を閉じてしまわれました。

 

わたしの話を理解されたのか、そのまえに声が聞こえたのかどうかさえ、定かではありませんでした。

 

微熱が下がる前に退院を

 

 退院調整会議では、病院側から鈴木さんの今までの経過と現在の状態について説明がありました。

 

九十歳になる女性で、約一年前に進行した胃癌が発見され、病巣そのものをとる手術は、病気の広がりと年齢を考えて無理だと判断。

 

病気の部分を避けて食事が通るようにと、胃空腸バイパス術が行われて、しばらく自宅で療養されていたところ、最近激しい下痢になり、腸炎と診断され入院したとのこと。

 

幸い下痢も収まったので、まだ微熱があるものの、入院している必要がないし、もともとがんに対する治療は無理なので、退院し自宅療養にもっていきたいとのことでした。

 

そのような病院の医師からの話を聞きながら、鈴木さん宅のお嫁さんもうなずいていました。

 

ところが、退院調整会議が終わりに近づいたころ、そのお嫁さんが、遠慮がちに発言されたのです。

 

「まだ熱があるので、下がるまで入院させておいていただけませんか?」と。

 

それに対して病院の医師は「そうですね。それまで入院していてもいいですよ」と。

 

こんなやり取りの後、冒頭のように、鈴木さんの病室を訪れたのです。

 

そして鈴木さんの様子を拝見して、私はかなり驚いたのです。

 

「呼吸も荒いし、目も開けていることができない。もうそんなに長くないのではないか」と。

 

そして、病室を出た時に、お嫁さんに申しあげました。

 

「早く退院しないと、間に合わないような気がします。熱が下がるまで待たないほうがいいのではないでしょうか?」と。

 

私の話を聞いて、お嫁さんははっとしたような表情になりました。

 

そんなにすぐに亡くなってしまうほど危ない状態だとは感じていらっしゃらなかったようなのです。

 

見晴らしのいい素敵な家に戻って

 

鈴木さんは、その退院調整会議からちょうど一週間後に退院になりました。

 

私は退院翌日のお昼頃、患者さんのお宅に訪問診療に伺いました。

 

太田市の郊外の田園の中に一軒で独立して立っている築五年くらいの素敵なお家で、家の周りにはうずたかく薪が積まれています。

 

玄関のチャイムを鳴らして、ドアを開けると、おそらく兄弟だと思われる三匹の小さな黒い犬が、きゃんきゃん吠えながら出迎えてくれました。

 

私も、同行した看護師も、犬は大好きですから、歓迎してくれているのかと思わず笑顔になりました。

 

退院調整会議でお会いしたお嫁さんに出迎えてもらって、玄関のすぐわきにある、木の香りが満ちたフローリングのリビングに入っていきました。

 

壁も木でできていて、薪ストーブが据えられています。大きく開かれたガラスの開口からは、眼前に広がる田んぼが見渡せます。

 

「ああ、こんなにきれいな、せいせいとしたお家(うち)なら、最期の時をお家で過ごしたいという希望も当然だな」と思いました。

 

鈴木さんは、そんな素敵なリビングに続く部屋の電動ベッドの上で静かに休まれていました。

 

もともとはダイニングとして使われている部屋です。

 

そのベッドの傍らで、お嫁さんは笑みを浮かべながら、昨日からの様子を語ってくれました。

 

その話によると、退院してきてから、ご近所や少し遠いところに住んでいる、本当に近しい親戚のものが入れ代わり立ち代わり訪れて、四時間近くもおしゃべりし続けたとのこと。

 

そのあと、急に静かになったかと思ったらうわごとを一晩中言い続け、今朝になって、やっと静かに眠るようになったとのこと。

 

交錯する患者さんへの思い

 

診察をさせていただくと、呼びかけにやっと目をうっすらと開けるけれど、またすぐに閉じてしまい、声を出すことはできない様子。

 

血圧は少し低めだけれど、100はあり、脈もしっかりしていたけれど、おしっこがあまり出ていないとのこと。

 

幸い痛みはないみたいだということ、などがわかりました。かなり弱ってきているなとは思いましたが、昨日からの様子をお聞きして、「退院できて、よかった、よかった」と思いながら、帰路につきました。

 

すると、翌朝の7時ごろのことです。携帯に、そのお嫁さんから電話がかかってきました。

 

「呼吸が止まっているみたい」とのこと。

 

すぐに伺うことを告げ、車で急ぎましたが、私の心にはいろいろな思いが交錯していました。

 

「昨日感じたすぐにでもお亡くなりになってしまうのではないかという一抹の不安。

 

どうしてそれを家族に伝えなかったのだろうか。

 

「あまりに急なことで驚かれたのではないかなあ」「退院して、たった二日。自宅に戻ったことはよかったのだろうか?」「あんなに快適な家なのだから、もっと早く退院することはできなかったのだろうか?」

 

玄関で、三匹の子犬と、そしてお嫁さんの「ありがとうございました」という言葉で出迎えていただいたとき、目に浮かんできた涙を隠す必要を感じませんでした。

 

野末からのひとこと

 

エピソード1の佐藤さんのところでも申し上げましたが、がんで最期を迎える方は直前まで一見お元気なので、ご本人も、ご家族も、医者は危なくなってきたというけれど、あと一年くらいは大丈夫なのではないかと感じていることが多いようです。

 

でもこの鈴木さんのように、退院してから数日でお亡くなりになる方も多く、またあい太田クリニックのデータでは、60%の方が一か月以内でお亡くなりになり、90%のかたが三か月以内にお亡くなりになります。「善は急げ」といいますが、ご自宅で過ごす最期の時を少しでも長くすることが、大事だと思われます。

 

また、このようなご本人、あるいは家族の認識と実際の期間とのずれを引き起こす大きな要因のひとつに「病院側の怖れ」があるのではないかと私は考えています。

 

自宅で最期の時を過ごしてもらうために、私たちのような在宅医療を専門的に行うクリニックに紹介するということは、患者さんからみれば、見捨てられたと感じることもあるでしょう。

 

またこの鈴木さんのように、微熱がある状態の方が退院ということになると、完全な状態でないのに退院させられたと病院を恨む人が出てくるかもしれません。

 

今まで病気を克服すること、また克服できないまでも少しでも延命につながるような治療を工夫してきて、患者さんとともに戦ってきた病院の医師や医療スタッフにとって、このように患者さんに思われてしまうことは、断腸の思いなのです。

 

私も外科医でしたから、「自分で手術した患者さんは最後まで責任を持って診る」と教えられ、心がけてきたので、よく分かります。

 

この「病院側の怖れ」を少しでも減らし、円滑に自宅療養に持っていくにはどうしたらいいでしょうか? これからの課題です。

 

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