【訪問診療 体験談6】職場復帰ができました 〜膵がん末期の猫好きの患者さん〜

クリニックブログ

山本さんが私たちに紹介されてきたのは、春真っ盛りの頃でした。

 

いつものように退院前に病院に伺うと、膵癌の末期状態と診断されていたその彼は、苦しそうにベッドに横たわっていらっしゃいました。

 

二年ほど前に、膵癌で膵全摘の手術を受けたのですが、その約一年後に再発が疑われ、化学療法などをうけたものの、病状の進行を食い止めることができず、あとは自宅で在宅医療を受けることになったのです。

 

普段紹介していただく患者さんは、もちろん高齢者が多いのですが、その彼は四十代の半ば。企業に勤める、バリバリの現役世代でした。

 

一人娘もやっと成人したところ。奥さんも不安そうな面持ちでベッドサイドにいらっしゃいました。

 

退院調整会議においては、私たちはいつもかなり厳しい見通しをご家族にお話しするのを常としていましたが、さすがに私もそのようなことを申しあげることができずに、「とにかく一生懸命に支えます。痛みをとるようにします」としか申し上げられませんでした。

 

逆に病院の主治医からは、珍しいことですが、残念ながらそれほど長くないのではという見通しが語られました。

 

退院から在宅医療へ

 

山本さんは退院されました。お宅に伺うと、そのお宅は郊外に建てられた一軒家で、その日当たりのいい部屋に、電動ベッドを置いて横になっていました。

 

傍らのテーブルの上には、少し太めの猫が、ひなたぼっこをしています。

 

奥さんは働きに出ていましたが、山本さんの母親が九州から出てきていて、私たちの診察が始まると、いろいろと症状について話してくれます。

 

診察を始めたばかりの私たちには貴重な情報なのですが、山本さんはそんな母親が少し鬱陶しかったのかもしれません。

 

母親にやや強い口調で、「部屋の外に出ていていいよ」と伝えました。

 

親子だから言えるのでしょう。

 

私は心の中で苦笑しつつも、そのような発言をするということは、もしかしたら思ったよりも元気なのかもしれない。

 

病気と闘う意欲もまだまだあるのではと感じました。

 

訪問診療のいいところは、患者さんのお話を比較的ゆっくり聞くことができること。

 

そして、患者さんが療養している広い意味での環境を比較的短時間で理解できること。

 

そして、薬などを実際に服用しているかどうかがわかることなどだと思います。

 

山本さんの場合も、傍らに猫がいつもいることが、とても大事なことのように思いました。

 

加えて、痛み止めも、処方通りに服用していることはむしろまれで、自分自身で色々と工夫されていました。

 

たとえば、夜は少し多めに服用するとか、毎日張り替えるのが推奨されている使い方の医療用麻薬の張り薬も、貼っている半分ずつを一日おきに張り替えるといった使い方をしていました。

 

その方が痛み止めの効果が切れ目なく続くのだそうです。そんな工夫を、自分の体と相談しながら行っていました。

 

活力を取り戻した身体

 

私たちの予想をいい意味で裏切って、山本さんはみるみる元気になっていきました。

 

何がよかったのかわかりません。いろいろな要素が考えられます。

 

猫が傍らにいて、家族がいつも支え、そして何より自由にいろいろ工夫できるところがよかったと思います。

 

たとえば膵臓を全部取ってしまっていたために、糖尿病がひどかったのですが、本人が希望する果物は自由にとっていいことにしました。

 

なぜなら不思議と果物では血糖値がそれほど上がらないのです。

 

そしてその中に含まれる各種酵素が下痢などにいい影響を及ぼす可能性があったからです。

 

スイカやメロンなどを手当たり次第に食べていました。

 

もともとトイレには何とか這ってでも行っていたのですが、だんだん行動範囲が広がってきたのです。

 

あるときはなんとパチンコに出かけたとのこと。

 

その話を聞いた時には、あまりの驚きに、山本さんの顔をまじまじと見つめてしまいました。

 

また昼間面倒を見てくれていた母親は運転ができないために、山本さんが運転して買い物にまで出かけるようになりました。

 

退院の時には考えもつかなかったようなことです。相変わらず腹部や胸部の痛みを訴え、痛み止めの調整が必要で、またときどき下痢があって、その対処も必要でしたが、みるみるお元気になっていったのです。

 

 そしてついに退院から三か月ほどたった時に、山本さんからあい太田クリニックの「外来」に通いたいとの申し出がありました。

 

私たちが定期的に患者さんのところに伺って診療をする、そして何かあったときに24時間365日対応できる体制を維持しておくのは訪問診療と呼ばれ、普通の外来での受診に比較するとかなり高額になるのです。

 

またそのような訪問診療の対象となる患者さんは病状などから一人では外来に通うことができない人でなければならないという制限もあります。

 

ですから、山本さんの金銭的負担を減らすというだけでなく、そもそも訪問診療の対象としては、お元気になりすぎたともいえるので、外来患者として通っていただくことにしました。

 

一度は叶った職場復帰

 

 さらに、職場への復帰はできないかとの相談を受けました。

 

私は職場復帰をすることは、収入の確保にもつながるし、またなんといってもご本人のやりがい、生きる希望になるのではないかと考え、職場復帰可能との診断書を書きました。職場の産業医からはすぐに本当に大丈夫かとの問い合わせがきましたが、いろいろな配慮をしていただければ可能ではないか。

 

ぜひ実現してほしいと申し上げました。職場でも配置転換などをし、できるだけ体に負担がかからないようにして、ついに職場への復帰が実現したのです。ご本人はもちろん、私たちにとっても大きな喜びになりました。

 

 しかしやはり仕事はきつかったかもしれません。

 

またその時期になって、いよいよ病魔が猛威を振るようになったのかもしれません。

 

職場に出かけたものの、下痢や痛みでほとんど仕事ができない日が続きました。

 

結局は数日の勤務に終わってしまったようでした。

 

外来受診だったので、日ごろの姿を詳しくはわかりませんでしたが、自分の中の期待と現実とのギャップに、心理的には一番きつかったようでした。

 

ついに、またご自宅に伺う訪問診療に切り替えてほしいとの要望が山本さんから出され、再びご家庭に伺うようになりました。

 

前回うかがったときには、病状がよくなってきていましたので、訪問診療の雰囲気としては、明るいものでしたが、今回は病状が悪化しつつあるところでの訪問となり、やっぱりダメかも知れないと皆が感じ始めて、全体として重苦しい雰囲気の訪問診療が続きました。

 

加えて、痛みが強くなってきました。ずっと医療用麻薬の張り薬で痛みをコントロールしてきましたが、その痛み止めも限界まで増量してきたために、やや異なる医療用麻薬を、皮膚の下に持続的に携帯型ポンプを使って注入することにしました。

 

これを加えたことによって、激しい痛みはほぼなくなりました。しかし全身のなんといえないだるさみたいなものは、なかなかとることができなかったようです。

 

徐々に近づく旅立ちの日

 

このように、少しずつ具合が悪くなっていきました。訪問に伺うといつも笑顔で迎えてくれましたが、時折苦しそうな顔をみせるようになりました。

 

またしばらく自宅に戻っていた山本さんの母親も九州から再度出てきて、面倒を見るようになりました。

 

また二十歳前後の娘さんも、いつのころからか私たちの訪問診療の時にはいつも山本さんの傍らにいて、残薬の状態、皮下に注入する痛み止めの効果、インスリンの使用量などを要領よく報告してくれるようになりました。

 

どうも、休みをとって、ずっとお父さんにつき添って、薬の管理などをしているようでした。

 

奥さんとはほとんど会えませんでしたが、生活費を稼ぐために、ずっと勤めを続けていたようです。

 

腹水でおなかが膨れ、全身のだるさなどから目を開けるのも大変になってきて、いよいよ旅立ちの日が近づいてきました。

 

私たちは今まで通り週に一度の訪問診療を続け、家族の方は、皆で山本さんを支え続けています。私たちが訪問に伺うようになって、ちょうど一年がたとうとしたその春の日に、旅立ちが訪れました。

 

母親は号泣されたようですが、娘さん、奥さんは静かな涙を流されたようです。

 

私は、ほかの人の診療があったので、同僚の中村先生に、看取っていただいたのです。

 

ですから私の脳裏には、まだ山本さんが生き続けています。にやっとニヒルに笑って、痛み止めをどう使っているかを、静かに語っていたころの山本さんの表情がいつまでも。

 

野末からひとこと

 

山本さんのように、退院してから予想に反してお元気になられる方は、とても珍しいのですが、いらっしゃいます。

 

その理由はわかりませんが、このような経験が、私たちを慰めてくれます。

 

四十代の患者さんにとって、最期の家での一年は、貴重なものだったに違いありません。

 

そして家族の絆を改めて感じた一年間だったでしょう。

 

あい太田クリニックでは、チームの中枢を担う

医師・看護師・その他スタッフを随時募集しています。