【訪問診療 体験談10】私に引導を渡してくれるのでしょ? 〜献身的な娘さんに支えられて〜

クリニックブログ

九十歳を超えている吉田さんの娘さんが、入院先の病院の紹介で、私たちのクリニックを訪れたのは、もうすぐ桜が咲きそうな春の夕暮れでした。

 

お父さんが肺癌で治療法がなくなってきて、そろそろ危なくなってきていること。

 

入院していることに父が疲れてきてしまっているので、できたら自宅で引き取って、最期を迎えてもらいたいと考えていること、などを話されました。

 

とはいうものの、在宅での最期はどんな風になるのか皆目見当がつかないとのことで、あらかじめ訪問診療を担当する私たちに話を聞きに来たということです。

 

娘さんはそうおっしゃっていましたが、加えて、訪問診療をしてくれる医師はどんな人なのだろうという不安があって、様子をうかがいに来たという面もあったに違いありません。

 

それまでお世話になった医師から、突然見も知らぬ医師に主治医が変わってしまうのですから、そのように感じられても無理はありません。

 

訪問診療の相談と退院

 

お話を伺うと、吉田さんの自宅はあい太田クリニックからかなり近いところにあり、奥さんと二人暮らし。

 

奥さんは心臓を患っていて、自分自身のことはできるものの、とても吉田さんの世話はできそうもないとのこと。

 

そして近隣の市に住んでいる娘さん自身が、吉田さんの退院とともに、両親の自宅にずっと泊まり込んで看病するとのことでした。

 

その娘さんのご主人もそのことを了承しているとのこと。

 

看病のために、お子さんが両親の家に泊まり込んで対処するという状況は、それまで私たちには経験がなかったので、本当に大丈夫かなあという素直な感想を持ちましたが、もちろん私たちは訪問診療をお引き受けすることとし、またその娘さんも、「お願いします」と言って、帰っていかれました。

 

娘さんがクリニックに相談に来られた翌日に、吉田さんは退院となりました。

 

夜間などにやや不穏な状況になり、家族としては一刻も早く退院させて自宅に戻したいと考えられたようです。

 

早速ご自宅に伺うと、一階のリビングの隣の部屋にベッドを置いて、吉田さんが酸素を吸いながら横になっていらっしゃいます。

 

娘さんの献身的な支え

 

リビングとの境は開け放たれており、リビングのソファには吉田さんの奥さんが小さな愛犬とともに腰を掛けていて、ニコニコされています。

 

「心臓が悪くて、主人の面倒がみられないです。どうぞよろしくお願いします」とおっしゃいました。

 

昨日クリニックに来た娘さんは、元気に動き回っていらっしゃいます。

 

吉田さんとは初対面でしたが、ベッドで横になっているものの、私の目を見つめるまなざしは柔らかく、「よろしくお願いします」とおっしゃっていただけました。

 

酸素が鼻についているカニューレから投与されています。そのわきには痰を吸引するための吸引器が置かれています。

 

娘さんも吸引のトレーニングを受けて、退院してきました。

 

中心静脈ポートを留置してきていましたが、ご本人が点滴はやりたくないとのことで、結局は使われずに、皮下に埋め込まれたままになっています。

 

呼吸は少し荒く、痰がらみもあって、医療面でのサポートがかなり必要に感じられます。また痩せも目立ってきているとのことで、栄養状態もかなり悪いように見受けられました。

 

その日の夜から、娘さんが泊まり込んでの療養生活が始まりましたが、最初の夜から、夜と昼が逆転して、夜ずっと起きているという状態になってしまいました。

 

通常、退院してくると、病院で昼夜逆転だった人もすぐに治るのですが、吉田さんの場合は違っていました。

 

娘さんも眠ることができず、一晩の看病でかなりつかれてしまっています。

 

またその翌晩には、娘さんが痰の吸引をしてもなかなか引ききれず、夜中に訪問看護ステーションの看護師さんを呼んで、痰を吸引してもらいました。

 

それも、一晩で二回呼んだようでした。

 

こんなことが重なって、私たちが退院三日目に再度伺った時には、「何とかなると思ったけれど、自信をなくしてしまいました。トイレにつれていくのも頻回で、本人もふらふらしているし不安です。もう少し頑張ってみますが、やっぱり病院に戻ってもらうほうがいいのかもしれません」とおっしゃいます。

 

私も「よく頑張っていらっしゃいますね。確かに、痰の吸引など大変ですね。トイレはベッドの上でしてもらうことにして、また呼吸困難感を軽減するという意味も含めて張り薬の痛み止めにしていきましょう。現在の飲み薬の痛み止めを飲めなくなってしまう恐れもあるので」

 

「私たちや訪問看護ステーションは、いつ呼んでいただいてもかまいません。聞きたいことがあるときもいつでもお電話ください」と言って、吉田さん宅を後にしました。

 

次に伺った時には、しかし、このような大変な時期を少し乗り切りつつある感じがしました。

 

昼夜逆転も正常に戻り、また痰の吸引も娘さんが上手になって、訪問看護師の出番も少なくなったようです。

 

またお酒が好きだった吉田さんの希望によって、ウィスキーの「ジョニ黒」を毎晩少しずつ召し上がったようです。

 

トイレもベッド上で行うことができるようになりました。このような様子を伝える娘さんの表情にもほんの少し余裕が見られました。

 

吉田さんの想いと近づく最期

 

でも、吉田さんの状態そのものは、少しずつ悪化しているのがわかります。

 

週末になったので、少し離れたところで私が待機していることを伝えると吉田さんは私の目をじっと見つめて「わかりました。でも先生が引導を渡してくれるでしょ? お願いします」とおっしゃったのです。

 

このような経験は私も初めてでした。ほんの少し、戸惑いましたが、そのまま目をそらすことなく「わかりました。もちろんです」とお答えしました。

 

吉田さんは、安心した表情で、静かに目を閉じられました。その三日後に吉田さんは静かに旅立たれました。

 

その傍らでは、訪問看護師さんと吉田さんの娘さんが抱き合って号泣していました。

 

私には、その涙が悲しみだけではなかったように感じられました。

 

野末からのひとこと

 

ご自宅で親族を看取る。

 

このことは、一般の方々にとって、まさに未知の分野なのだと思います。

 

ですから、吉田さんの娘さんのように、どんな医師に診てもらうのか、どんな状況になりそうなのかなどを、恐る恐る調べ始める方が多いのではないでしょうか。

 

でも限られた時間の中で、最後は「家族のために頑張るぞ」と決断されるのだと思います。

 

吉田さんの娘さんは、一時的に両親の家に泊まりこんで、看病にあたられました。

 

このような家族の献身的な支えが、やはり必要です。

 

そして、一時はその大変さ、わからないことの連続にくじけそうになります。

 

仕方がないことだと思います。

 

くじけそうになった娘さんを、何とか励まし、実質的に援助したのは、私たちのクリニックのスタッフや薬剤師であり、そしてなにより訪問看護ステーションの訪問看護師でした。

 

加えて、吉田さん自身が言葉に出してはっきりと自分の臨終を看取ることを私に託してくれたこと。

 

私自身は「そんな縁起でもないことを言わないでください」というような言葉でごまかさずに、目をそらさずに「はい」とお応えできたことに対して、誇りに思っています。

 

このような思いに、これからも、いつでもしっかりとお応えできるように、精進していきたいと思っています。

 

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