2021.04.25

【訪問診療 体験談1】5分前までポータブルトイレに 〜妻の入浴中に旅立った水泳選手〜

佐藤さんは、右前胸部の痛みが強くなってきていて、体を動かすことができずに病院のベッドに横になっていました。

退院調整会議で、病気の経過をお聞きしました。

 

少し前に誤嚥性肺炎ということで紹介されてきたときには、すでに肺癌が、多発肺転移、多発リンパ節転移、がん性胸膜炎をきたしており、いわゆる手遅れの状況でした。

 

また十年ほど前には脳出血も患っていて、その後遺症のために軽い左麻痺もある状態だったとのこと。

 

病状をお話ししたところ自宅での療養を希望され、私たちに紹介になったのです。

 

退院までの数日間、痛みが続いてはますます体が動かしづらくなってしまうので、医療用麻薬の使用開始をお願いして病院を後にしました。

 

穏やかな訪問診療の始まりと緩和ケア

 

佐藤さんの訪問診療が始まったのは、それから四日後でした。

 

退院してきたその日に、初回の訪問診療で伺ったのですが、その時には、幸い痛みがだいぶ軽減していました。

 

病院で使い始めた医療用麻薬が効き始めて、当初の激しい痛みを10とすると、痛みは2までに減少したとのことでした。

 

表情は入院していた時よりは格段に明るくなっていて、軽い左麻痺をものともせずにトイレに歩いて行っているとのこと。

 

保険の営業をしているという奥さんも、仕事をできるだけ少なくしているそうで、佐藤さんのベッドわきに、穏やかな笑顔で座っていらっしゃいます。

 

お二人の醸し出す雰囲気は落ち着いており、こんな風にして、脳出血後の十年余りを過ごしてきたのだろうなと想像できました。

 

それから、週二回の訪問診療を開始しました。

 

痛みが再び強くなってきたので、痛み止めを少しずつ強くすると同時に、貼り薬タイプの医療用麻薬も導入し始めました。

 

いずれ薬の内服が不可能になることも予測されたためです。

 

この貼り薬タイプの医療用麻薬が使用できるようになってから、痛みのコントロールが格段にやりやすくなりました。

 

また呼吸困難も出現してきたので、酸素の吸入も始めました。

 

酸素を吸入するためのコードを長くしてもらって、トイレにも歩いていけるようにしてもらいました。

 

やはり、トイレに行くということには、最期までこだわっている方が多いようです。

 

若かりし水泳選手時代の思い出

 

そんなある日、奥さんが古いアルバムを出してきてくれました。

 

そこには、水着姿の佐藤さんが、うつっていました。

 

なんと群馬県の国体選手だったとのこと。

 

大学時代の同じ水泳選手との写真、合宿中の写真など、たくさんありました。

 

奥さんとは、すでにそのころお付き合いがあったみたいで、詳しくいろいろとお話してくださいました。

 

軽い麻痺があり、またがんによる痛み、呼吸困難があるにもかかわらず、何とかトイレまで歩いていく姿を見て、なんて根性があるのだろうと感心していましたが、そのわけが分かったような気がしました。

 

と同時に、現在は病や年齢のために活動度が下がってしまっている佐藤さんも、若い時があり、そして大活躍をしていたこと、だからきっと、しっかりとしたプライドを持っているに違いないということ。

 

そんな当たり前のことが、この写真を拝見することによって得心できたのです。 

 

奥さんがアルバムを私たちに見せてくれながら、思い出を語る場面はそれから数回の訪問で繰り返される光景になりました。

 

痛みはほとんどコントロールされているとはいえ、呼吸困難はある程度あり、また体もだるかった佐藤さんにとって、奥さんが私たちに語る若かりし頃の大活躍の思い出は、何よりの癒しになったことでしょう。

 

そして自分自身の人生を、素晴らしいものだったと感じとるようになったのではないでしょうか。

 

この一連の思い出語りをお聞きするようになってから、心なしか佐藤さんの表情が和み、さらに眼の光も強くなったように感じました。

 

徐々に弱まる食欲と闘い抜いた最期

 

食事はどんどんとれなくなっていきました。

 

がんが広がってくると、食欲が落ちてきて、何も口にしなくなることは多くの患者さんでみられることですが、佐藤さんの食欲も急速に失われていきました。

 

何を食べてもおいしくなく、最後一番口に合ったのは、氷水でした。氷を口に含んで何とか水分だけでも取って頑張っておられました。

 

点滴も希望されましたので、一日一本(500ml)だけ施行しました。

 

このような状態での点滴については、寿命を延ばさないのではないかという見解が報告されていますが、ご本人もご家族も、せめて点滴ぐらいは受けたいとの希望でした。

 

 

こんな様子で、佐藤さんは穏やかで、かつ毅然として、トイレもできるだけ歩いて行かれていましたが、次第に体力を失って、排泄はベッドわきに置かれたポータブルトイレで済ますようになっていきました。

 

そして、ついにその時が来てしまいました。

 

奥さんからの電話で、どうも呼吸が止まったようだとのこと。

 

私は、佐藤さん宅までの30分。車を運転しながら、佐藤さんの勇姿を思い出していました。

 

そして、そのようなお話を伺うことができたことに、穏やかな感謝を感じました。

 

お宅について、最期の様子をお聞きすると、なんと呼吸停止になる少し前に、奥さんの介助でポータブルトイレで用を済ませ、横になった後、奥さんが束の間お風呂に入っている間に呼吸が止まってしまったとのこと。

 

「昔から、自分がやりたいことは、私のことなどかまわずしてしまう人だったから、最期も勝手に逝ってしまったのかもしれないです。それでも、一回も失禁しなかったのですから、すごいことですね。あらためて尊敬しました。退院して一か月でしたけれど、自宅で看取れてよかったです」

 

最期の奥さんの言葉です。

 

野末からのひとこと

 

がんを患っての闘病生活においては、痛みのコントロールが非常に大事です。

 

そしてがんに対する積極的な治療を行っている最中でも、痛みがあれば、その痛みのコントロールを始めましょう。

 

痛みのコントロール(疼痛コントロールと専門的には言います)は在宅でも、もちろん可能です。

 

エピソード5の患者さんでもう少し詳しく描きたいと思います。

 

もう一つ、がんで最期を迎えられる方は、お亡くなりになる直前までお元気だということです。

 

そのために、この佐藤さんのように、自宅での最期の思い出を奥さんの胸に刻み、毅然と旅立たれる場合が多いのです。

 

ここでお話しした佐藤さんはがんを患ってご自宅で旅立たれた方の典型的な姿です。

 

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