人工透析をしない選択をされた患者さんの物語

院長ブログ

芳賀 紀裕
あい太田クリニック 院長
芳賀 紀裕

当クリニックでは年間約400人のお看取りをしています。
その方の人生最期の大切な時をご家族と共有することは、われわれにとっても忘れられない思いとして心に残ります。
また多くの学びを得る貴重な時でもあります。

先日、ある60代前半の患者さんの奥さんから訪問診療の依頼を受けました。
ご主人は腎臓が悪く、30代から人工透析を受けていました。
腎臓は体内の毒素や余分な水分を出したり、血圧や電解質のバランスを調整したりする重要な臓器です。
腎臓の機能が落ちて命に関わるような状態になった場合には多くの方法がありますが、多くは人工透析を行うことになります。

 

透析はもうしない

ところが、ある日突然その患者さんは、「人工透析にもう行かない」と言って透析を中止してしまったのです。
まだ腎機能以外は特に大きな病気もなく、意思決定はきちんと自分で行える方ですが、理由は全く述べずに、ただ透析に行くことを拒否したとのことです。
当然、透析をしないと命の危険があることは十分にわかっています。
奥さんはとても驚いて、透析している病院に相談し、息子さんとともに度重なる説得をしましたが、頑として受け付けなかったようです。
人工透析中止は倫理的な問題もあり、日本透析医学会からはガイドラインが作成されています。  1)
その運用などについて、透析を行っている病院を中心に、さまざまなところで議論されているので、ここではそのことには触れません。
いずれにせよ、われわれのクリニックに訪問診療を依頼されていた時は、既にご本人、ご家族で、今後人工透析はせず、家でみていきたいとの希望でした。
当たり前のことではありますが、透析の再開を希望されるのであれば、すぐに透析していた病院に連絡することになります。
しかし、訪問診療開始後もそのような発言はなく、診察時に状態をうかがうと、穏やかに「大丈夫」と話されていました。
幸い浮腫もさほどひどくならず、経口摂取も少ないながら出来ておりました。

 

奥さんのマッサージを受けながら静かに訪れた最期

透析クリニックからは1週間で危険な状態になると言われていたようですが、結局約3週間、自宅のソファーにてさほど苦痛なく過ごされました。
最期まで意識はあって、夜中に会話したあと奥さんがマッサージをしていたところ静かに息を引き取られたとのことです。
その後連絡を受けてお看取りをしました。
奥さんと息子さんがおられましたが、本人の意思を尊重しての結果であり、お亡くなりになったことを受け入れていました。
結局、ご本人は最後まで、なぜ急に透析をしない選択をしたのか語ることはなく、その理由は知るべくもありません。

 

患者さんが愛した「空」という自由に通ずるもの

ふとテレビの横にある、ひとつの写真立てに目が留まりました。
セスナ機と一緒に写ったご本人の写真です。

 

 

若い頃は、ハワイに出かけ現地で透析を受けながら、家族でセスナに乗ったこともあったそうです。
セスナ機で自由に空を飛ぶことを愛した方なので、もしかしたら、人工透析で週に3日間何時間も束縛されることから解き放たれたかったのかもしれません。
そのようなことを考えながら夜空を見上げながら帰路につきました。
私の中で、忘れられないお看取りのひとつになりました。

 

 

1)日本透析医学会.維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言.透析会誌 2014;47: 269‒85,

 

 

 

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